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岐阜地方裁判所 昭和48年(わ)350号 判決 1974年4月06日

主文

被告人を罰金五万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

本件公訴事実中公務執行妨害の点については被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四八年八月三一日午前四時一〇分頃、岐阜市東栄町二丁目一三番地付近路上において、酒気を帯びアルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態で、軽四輪貨物自動車を運転したものである。

(証拠の標目)(省略)

(法令の適用)

被告人の判示所為は道路交通法第六五条第一項、第一一七条の二第一号に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、その所定罰金額の範囲内で被告人を罰金五万円に処し、刑法第一八条に則り右罰金を完納することができないときは金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとする。

(無罪の点の判断)

一、この点に関する公訴事実は、「被告人は、昭和四八年八月三一日午前六時頃、岐阜市美江寺町二丁目一五番地岐阜中警察署通信指令室において、岐阜県警察本部広域機動警察隊中濃方面隊勤務巡査加藤征三(当三一年)、同古町富一(当三一年)の両名から、道路交通法違反の被疑者として取調を受けていたところ、酒酔い運転による呼気検査を求められた際、職務執行中の右加藤巡査の左肩や制服の襟首を右手でつかんで引つ張り、左肩章を引きちぎつた上、右手拳で同巡査の顔面を一回殴打する等の暴行を加え、もつて同巡査の職務の執行を妨害したものである。」というにある。

二、そこで、先ず関係事実について検討するに、前掲各証拠並びに被告人の当公判廷における供述、棚橋宮雄の司法警察員に対する供述調書、司法警察員作成の実況見分調書(抄本)及び押収に係る警察官略服上衣(昭和四八年押第九八号の一)を総合して考えると、次の(一)ないし(八)の事実を認めることができる。

(一)、被告人は、判示酒酔い運転の挙句誤つて道路端に置かれたコンクリート製ごみ箱等に自車を衝突させ、自車及び右ごみ箱を損壊する物損事故を発生せしめたが、右公訴事実記載の両巡査は、指令により、右事故発生後間もなくの右公訴事実記載の日の午前四時一五分頃、パトロールカーで右衝突現場に到着し、直ちに、右事故車の運転者がそこに居合わせた被告人であつたことを確認しこれが外見上酔つていると認めた上、被告人に対し、その場で、免許証の提示を求め更に被告人が身体に保有しているアルコールの程度について調査するため所携の風船に呼気を吹き込むよう求めた。

(二)、被告人は、右両巡査の右要求をいずれも拒否し、「中署へ連れて行け。」等とわめくように申し立てたので、右両巡査は、右パトロールカーにより被告人を任意同行して、同日午前四時三〇分頃右公訴事実記載の岐阜中警察署に到着し、直ちに同署通信指令室内に被告人を案内した。

(三)、右通信指令室は、間口約二・八メートル、奥行約五・九メートルの南北に長く、東西両側がコンクリート製の壁に面し、北側に窓があり、出入口は南側に一か所しかない部屋であるが、西の壁側に、これに密接し且つ相互にすき間なく接続してそのほぼ北端から南端までの間に、いずれも同じ奥行の机四個(それぞれ東側に椅子が一個づつ置いてある)及びコピー用機具が順に置かれ、東の壁側に、これに密接し且つ相互にすき間なく連続してその南端からいずれも同じ奥行のロツカーや金庫等五個が置かれ、更にそれらの北側に若干の空間を置いて右壁と北側窓下の壁に密接しほぼ同室中央部まで張り出して机一個(南側に椅子一個が置いてある)が置かれていて、結局同室内の通路としては、中央部分の幅約一・二メートルの南北に細長い部分となる。

(四)、右通信指令室に入るや直ちに、右両巡査の指示で被告人は同室西側にある北から二番目の椅子に腰をかけ、その北側の椅子には右両巡査のうち加藤征三が、更に被告人の南側の椅子に同古町富一がそれぞれ腰をかけ、右両巡査において被告人に対し、免許証の提示と風船に呼気を吹き込むことを求めたが、被告人は、免許証の提示要求にはすぐ応じたものの、再三にわたる右両巡査の説得にもかかわらず、その余の要求はこれを明確に拒絶して応じなかつた。

(五)、たまたま右警察署の当直警察官が被告人の父親を知つていたことから、右両巡査は、右父親の棚橋宮雄に依頼し同人をして右呼気吹込みをするよう被告人を説得せしめようと考え、前記のように自ら説得するかたわら被告人には知らせないまま右棚橋に来署方と右説得方を要請する手配をしたところ、これに応じて同人は、同日午前五時三〇分頃同署に到着し、直ちに右説得にかかつたものの、被告人においては、父親まで呼んで無理に要求を通そうとしている、警察のやり方はきたない等と考えて立腹し、これに終始応じなかつたのみならず、かえつて同人に反抗的態度を示した。同人は、約一〇分間説得後、やむなく被告人に対し、「母が来たら右要求に従うか。」との旨尋ねたところ、従う旨の返事を得たので、右両巡査に「被告人の母親を呼びに行く。」旨告げて自宅に立ち帰つた。

(六)、その後約二〇分間、右両巡査は、前記(四)のとおりの位置に腰をかけ、同位置に腰をかけた被告人に対し時に前同様の説得をしながら、被告人の母親が来るのを待つていたが、同日午前六時頃に至り、被告人から、「たばこをすうのでマツチを貸して欲しい。」旨求められるや、「貸すようなマツチはない。」旨答え、更に被告人から、「自分は逮捕されていないので自由だから、外へマツチを取りに行く。」旨申し立てられるや、「マツチは外にもない。風船をふくらませない以上外へ出ては駄目だ。」旨答えた。

(七)、しかして、右問答があつた直後にわかに、被告人が立ち上がつて出入口の方へ行きかけたので、一番奥の椅子に腰をかけていた前記加藤巡査は、被告人が逃げ去るのではないかと思いこれを引き止めようとして、これを追いかけて追い越し、通路の東西方向のほぼ中央付近で出入口まで約二メートルの地点にまで至つていた被告人の斜め左前に立ちはだかり、「風船をやつてからでいいではないか。」旨言いながら、両手で被告人の左手をつかんだ。被告人は、同巡査がつかんだ手を引いたり持ち上げたりして振りほどいたものの、引続いてその場で、出入口の方へ行こうとする被告人とこれを止めようとする同巡査との間でもみ合いとなり、その最中各自の右目的を達するため、被告人においては、同巡査の制服の襟首や肩章をつかんで引張り、その顔面を手拳で殴打する等の暴行をなし、同巡査においては、両手で被告人を押したり等したもので、その際右肩章のボタンがちぎれるに至つた。

(八)、ここにおいて、前記古町巡査も加わり、右両巡査において、被告人を取りおさえてこれを元の椅子に腰かけさせた。

ところで、被告人は、結局公務執行妨害罪の現行犯人として逮捕されているが、どの時点で右逮捕がなされたのか必らずしも明確でないものの、これが右のように元の椅子に腰かけさせられた時より以後であることは少なくともこれを認めることができる。

前記各証拠のうち右認定に反する部分はたやすく措信できない。

三、しかして、検察官は、被告人が右加藤巡査に加えた右二の(七)記載の暴行を目して公務執行妨害罪に該当すると主張し、本件公訴に及んだものと認められる。

しかしながら、右暴行は、右認定のとおり、任意捜査の段階でなされた同巡査による一連の制止行為に対し、その最中になされたものであるところ、右制止行為は、職務の執行としてなされたものの、任意捜査の限界をこえ、任意とは称しながら実質上逮捕するのと同様の効果を得ようとする強制力の行使というべきであつて、違法たるを免れないのみならず、被告人にとつて急迫不正の侵害と認めるべきものである。

してみれば、右暴行は、公務員の職務を執行するに当りこれに対して加えられたものではあるが、右職務が違法なものであるが故に公務執行妨害罪の構成要件に該当しない上、右認定の事情に鑑みると、被告人の行動の自由を実現するためにはやむを得ないものであつたと解するのが相当であつて、正当防衛としてこれにつき暴行罪も成立しないものといわなければならない。

なお、被告人が呼気の吹込みを拒否した理由の如何、出入口の方へ行きかけたことの真の目的の如何、呼気吹込みについての捜査上の必要性ないし要緊急性の有無やその程度の如何、更には正式に強制捜査の手続をとらなかつた当該巡査の主観的意図の如何は、右判断に影響を及ぼすものではないと認める。

四、以上のとおりであるから、本件公訴事実中公務執行妨害の点については、罪とならないものとして、刑事訴訟法第三三六条により無罪の言渡をすることとする。

(結び)

よつて、主文のとおり判決する。

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